お侍様 小劇場 extra
〜寵猫抄より

    “節季の端境 ”



さほど暦に忠実でもないその証拠、
まだ仕舞うのは早いかと、
離れ家の軒に吊るしたまんまの風鈴だろう、
り…ん、りりんという涼しげな音が遠くに聞こえる。
会社勤めの人がいる家ではないながら、
締め切りという期日約束に縛られておいでの家長であるがため。
ダイニングやリビングなどなどの目につくところへ、
見やすい時計と対にして、カレンダーも掛けられていて。
毎月のも2ヶ月綴りのも、
同じ朝におさらばして迎えた奇数月。
キッチンのは紅葉鮮やかな写真が美しかったものの、
そこから視線を転じた庭のほうはといや、
まだまだ空の青も元気なら、
それへと馴染んだ庭の木々も濃密な力強さに満ちており。
昼間の暑さは、芝草もぬるませてしまう真夏日気温を更新中。

 「それでも朝晩は、
  そろそろ涼しくなって来ましたよね。」

エアコンを使わずとも十分涼める、
そんないい風が訪のうようになったし。
茂みの中からだろう、
りぃりぃりんりんと、スズムシやコオロギの声が、
微かながらも聞こえ始めていて。
盛夏に比べると陽が暮れるのが早くなったなと実感しつつ、
そんな宵に空を見上げれば、
見事な月が輪郭も冴えての、
東の空へ浮かんでいるのが望めたりもし。

 「そうそう、お月見も近いですよね。」

旧暦の八月十五日は“十五夜”で、今年は九月の三十日。
おや、日曜ですね、
ススキはさすがに花屋さんに行かねば手には入らぬ。
ですんで、
その折に、獅子尾堂の月見まんじゅうも、
忘れずに買い求めなきゃですねと。
形のいい口元が優しい微笑みを含んでのこと、
甘く柔らかな弧を描く。
リビングのローテーブルの傍に座り込み、
まださほどには
書き込みの少ないページを開いたシステム手帳へ、
白い手を伏せると、細い字で細々と、
あれこれ書き込んでおいでの七郎次であり。
午前中の今も、まだエアコンは必要ではない涼しさの中、
ずっと遠くから蝉の声が聞こえて来、
そのせいもあってのことお顔を上げたそのまま、
まだ秋とは言い切れぬなとの苦笑が洩れた。

 「判っておりますよ。油断は禁物。」

ずんと間近に、
それだけを見つめても麗しい目鼻立ちという風貌と、
白皙繊細、物腰優しい風情を大きく裏切り、
実は実は本格的な武道も嗜んでいる、
槍の名手という もののふでもあり。
そうでありながら、
殊更 暑さに弱い彼なので、
思わぬ弾みに倒れてしまう恐れもあって。
秘書としての裁量には一目置かれているものの、
夏場の無茶には、
ともすれば保護者レベルでの注意を、
勘兵衛からも払われてしまっているほどであり。
それでは本末転倒もいいところなのでと、
口先だけの“大丈夫”にせず、
十分な注意を払うよう心掛けてもいる秘書殿で。
その結実というものか、

 「今年は無事だったのですし、ね。」

いい首尾だったもんでしょうにという呟きへ、
直接応じる者はなく。
唯一の同居人である勘兵衛も今は同座してないからだが、
だからと言って、夢見がちな独り言じゃあない。
少しほど首を傾げて書き込みを続けるおっ母様の、
チノパンに包まれたお膝に前脚をかけての
“うんしょ”と立ち上がり、
小さな背中を延ばしている おちびさんがおり。
キャラメル色の綿毛も愛らしい、メインクーンの幼な仔が、
ちょみっと大きめのお耳を振り振り、
構って構ってと七郎次へしきりと懐いて来ていて。

 「にゃあみゃ?」

まだ幼くてのこと、
ふわふやな肉球の感触がパンツの布越しにもくすぐったい。
そんな小さなお手々の温みを愛しみつつ、
自分の懐ろ辺りを見下ろせば。
真ん丸な赤い双眸がすわった仔猫のお顔が、
七郎次には あら不思議。
金のくせっ毛もすべらかな頬の白さも、
どこをとっても可憐で愛くるしい、
夢見るような風貌の、幼い和子の坊やに見えており。

 「ん? 久蔵も何か書きたいのかな?」

ペンを持った右手側の肘と胸元との隙間へ、
すぽんとお顔を割り込ませ、
七郎次の手元を“何してるの?”と覗きたいものか、
そのまま腿の上へ、
もしょもしょ乗り上がって来る坊やとそれから。

 「みぃにぃ。」

そんな兄貴分に釣られたか。
カーテンの裾が風にゆらゆら揺れるのを、
傍で身を伏せてのじいっと見つめちゃあ、
狩りの練習よろしく、
時折 えいえいと前足ではたいてたクロちゃんまでもが。
寸の足らない四肢をちょこぱたと弾ませ、
まろぶように板の間を駆けて来て、
仲間に入れてと、反対側のお膝に昇ろうとする。
身を丸めれば、まだまだ
片手でくるんと覆い隠せる持ち上げられる小ささなのに。
その分、身が軽いのを生かしてのこと、
バネをためているのか、僅かほど間を置いてから、
ぴょこたんと飛び上がって来るお元気さは、

 “お兄ちゃんに鍛えられたかな?”

そちらさんは、
彼の目にもごくごく普通の黒猫の仔猫にしか見えぬ。
だというに、幼児の大きさに見えている久蔵の、
飛んだり撥ねたりというやんちゃに
てとてととついてく果敢さは、
仔猫同士のじゃれ合い以上に
結構ハードなんじゃあなかろかと、
思えてしまうというもので。

 『いやいや、
  それは我らにはそうと見えているだけのことで。』

実際は、久蔵もまだまだその身も小さな仔猫ゆえ、
特段の無茶や無理が挟まってはおるまいよと。
勘兵衛もそんな言いようで正す理屈が、
頭では判っているものの、

 「にゃうみうvv」
 「にゃにゃっvv」

後からお膝に登って来たクロちゃんを、
幼い手つきで捕まえて。
いー子いー子と、
頬擦りの真似っこなぞする所作を間近に見るにつけ、

 “立派なお兄さんぶりこには違いないですものねぇ。”

耳だけ尻尾だけを鷲掴みにするとかいった、
乱暴な無茶はしないので尚のこと、
仲睦まじい様子にしか見えないのではあるけれど。
小さなお手々を えいえいと出し合いの、
後足で立ち上がったものの、そのまま後ろへこてんと転げた片やへ、
残った側まで釣られて倒れ込みのと。
この小さな身にどんだけ生気が籠もっているやら、
それは愛らしくじゃれ合う姿、こうも毎日見られるもんだから、

 「〜〜〜〜〜〜〜。////////」

かわいいねぇという感情を受け持つゲージ、
余裕の母性レベルから
一気に“萌え”まで過熱してしまいやすいお兄さんなのが、
相変わらずです、七郎次さん。
今もまた、奇妙な声が出ぬよう、
たわんでしまう口許を押さえつつという、
何とも怪しい様子のまんま、愛しい和子らを眺めておいで。
誰も居ないのだから遠慮なぞせず、
“可愛い”と口に出しゃあいいのにと、
勘兵衛なぞは無理から堪えるのへと呆れるが、

 『ダメですよ、そんなの。』

何でもない顔でやり過ごせるようになんないと、
人が居る場での我慢が出来ない身になってしまいますとのこと。

 “林田くんの前では、隠し立てもしてはないくせにな。”

だっていうのに、澄まして通せているつもりだろうかと。
そっちの言い分のほうこそが、
くすぐったく聞こえたらしい御主だったなんてこと。
勿論のこと、知らぬまんまの敏腕秘書殿なのが、
されど これまた可愛くてしょうがないらしき勘兵衛様。
つんと澄ましての納まり返ってしまうことのないまま、
他愛ない無邪気さを見せるようにもなったのが、
仔猫たちとの同居のおかげなら、
これはもう儲けものと思うほかはないと。(おいおい)
通りかかった戸口から、
声を掛けるのもついつい忘れ、
秘書殿の無邪気なご様子を眺めておいでだったりし。

 「………………あ。か、勘兵衛様?///////」
 「ああこれ、いきなり立ち上がっては。」

ローテーブルに膝小僧をぶつけたのは、だが。
そのお膝に乗っかっていた仔猫らを気遣ってのこと、
反射が一瞬混乱したからだと。
それこそ誰が見ていたわけでもないというに、
七郎次さん本人に代わり、
ついつい言い訳してあげていた、
壮年の物書きせんせえだったそうで。

  湿布を貼ろうか?
  いえ このくらいでそんな…つっつっつう。
  ほれ、痛むのだろうが。
  ううう〜〜。
  最初の手当てを怠ると、アザがいつまでも残るぞ?
  にゃうみぃ。にゃぁにゃ。
  おお、二人とも気が利くの。

七郎次が立ち上がらぬよう、見張っているのだぞ?と、
案じるように戻って来た仔猫らを、
さっきまでもそうしていた
秘書殿のお膝の上へひょいと乗せてから。
救急箱を探しにと、ダイニングのほうへ立ってゆく。
そうそうに背を向けた勘兵衛だったのは、
あまりに可愛らしい彼なのへ、
ついのこと滲んだまんまで なかなか去らぬ苦笑を見せぬため。


  まったくもってどちら様も、
  マイペースがすぎるのは、
  最近のお天気以上なようでございます。





   〜Fine〜 12.09.08.


  *何のこっちゃな代物ですね。
   仔猫たちへと“かわい〜いvv”が止まらない七郎次さんですが、
   実は実は、そんな彼を見やる勘兵衛様も
   似たような“可愛い奴め”という萌えに
   その胸を温めておいでなようです。
   それが証拠に…というものか、
   シチきれいきれいと素直に見ほれて褒めてのこと、
   久蔵ちゃんが ついつい“ちう”と
   お鼻の頭を舐めたりしようものならば。

   「…久蔵、ちょっとそこへ。」

   夜中の屋根の上へ大妖狩りさんを呼び出して、
   そこへお座りとしての
   どこで覚えてきましたかと問うお説教大会が
   始まるやも知れませんゆえに…。

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